「自社の課題を考えてください」で、なぜ手が止まるのか

セミナーでよく見かける、あの沈黙

今年度から、クライアント企業の人事責任者の皆様と一緒に「経営×人事アップデート勉強会」という学びの場を始めました。月に1回集まって、組織や人事の理論を学びながら、各社の課題を考えていく場です。4月のブログで「こんな場をつくりたい」と書かせていただいたものが、おかげさまで形になりました。

この場を準備しているとき、私にはひとつ気がかりなことがありました。

これまでセミナーや研修で、講義のあとに「では、自社の課題を考えてみてください」とワークをお願いすることが何度もありました。ところが、そう投げかけた途端に、会場が静かになるのです。ペンが止まり、資料を見つめたまま時間が過ぎていく。ようやく出てきた言葉が、「人手不足です」「若手が育ちません」という、どの会社でも言えてしまう一言だったりします。

せっかく直前に理論を学んだのに、自社の話になると使われない。これはもったいないな、とずっと思っていました。

はじめは、私の説明の仕方が悪いのだろうと考えていました。でも何度も同じ光景を見るうちに、どうもそうではなさそうだと気づきました。熱心な方ほど、真剣に考えようとして言葉に詰まっておられるのです。問題は、題材の選び方のほうにあったのではないでしょうか。

自分の会社の話は、意外と考えにくい

改めて考えてみますと、「自社の課題を話してください」というのは、なかなか難しいことをお願いしているのだと思います。

まず、自社の話は自分自身の話でもあります。課題を正直に掘り下げていけば、上司や同僚の判断に触れますし、突き詰めれば自分がやってきた仕事にも行き着きます。他社の方がいる場であれば、なおさらです。無意識のうちに「ここから先は言わないでおこう」というブレーキがかかるのは、自然なことだと思います。

もうひとつは、毎日見ているものほど見えにくい、ということです。自社のやり方は、長い時間をかけて「当たり前」になっています。当たり前になったものは、もう疑問の対象になりません。シャインが組織文化について述べたのも、まさにこのことでした。

そして距離が近すぎると、話が個別の事情に寄っていきます。「あの部長が」「あの部署の事情が」と、目の前の具体に引っ張られて、構造として眺め直す余裕がなくなってしまうのです。

一方で、学びの機会そのものは決して多くありません。厚生労働省の令和6年度「能力開発基本調査」では、人材育成に何らかの問題を抱えている事業所が約8割に上る一方、社外研修などに使われている費用は従業員一人あたり年間1.5万円ほどにとどまっています。数少ない機会を沈黙で終わらせるのは、やはりもったいないと思います。

架空の会社を、みんなで解剖してみる

そこで勉強会では、進め方を次の順序に決めました。

  1. その回のテーマに沿った理論を学ぶ
  2. こちらで用意した架空企業のケースを、その理論を使って分析する
  3. 同じ視点で、今度は自社を見てみる

ケースは、関西の中小企業を想定した完全なフィクションです。実在の会社ではありませんから、誰の顔を立てる必要もありませんし、守らなければならない面子もありません。皆さん、遠慮なく「この会社、ここがおかしいですよね」と話し始められます。

しかも、直前に理論という共通の道具を手にしていますので、「社長の考え方が古い」といった人物評では終わりません。「掲げている方針と、実際に評価される行動がつながっていない」というように、仕組みの話へ進んでいきます。

面白いのは、そのあとです。架空の会社を見ていたときの目のまま自社に向き直ると、さっきまで出てこなかった具体的な話が、次々と出てくるのです。「うちも実は…」と。

この順番には効き目があるようで、海外の研究でも似た結果が報告されています。二つの事例を並べて見比べ、共通点を自分の言葉にした受講者は、その後の実践で学んだことを48%が活かせたのに対し、事例をひとつずつ眺めただけの受講者は16%にとどまったそうです(Loewenstein、Thompson、Gentner、1999年)。3倍の差です。

つまり、架空のケースを挟むのは遠回りではないのだと思います。人はひとつの事例だけを見ても、そこから応用できる原理をなかなか取り出せません。二つを並べて初めて、どこが本質で、どこが個別の事情かが見えてくる。「自社の課題を考えてください」という問いかけは、比べる相手を渡さないまま、いきなり答えを求めていたのだなと、今になって思います。

他社の話をひとつ挟んでみませんか

この工夫は、勉強会のような特別な場でなくても使えます。明日からの会議や研修で試せることを、3つ挙げてみます。

ひとつ目は、自社の問題を一度「よその会社の話」に書き換えてみることです。社名も個人名も伏せて、「従業員50名の製造業A社では、若手が入社2年以内に辞めていく」と三人称で書いてみる。主語が変わるだけで、不思議と落ち着いて眺められるようになります。

ふたつ目は、必ず二つ並べることです。他社の事例でも、本で読んだ事例でも構いません。「この会社と自社は、どこが同じで、どこが違うか」と問いを立ててみる。この見比べる作業が、先ほどの48%と16%の差を生むのだと思います。

三つ目は、生成AIにケースをつくってもらうことです。業種、規模、起きている症状を伝えれば、検討に使えるケースが数分で出来上がります。以前は事例をひとつ用意するだけでも手間がかかりましたが、ずいぶん手軽になりました。私も今後のセミナーや研修に取り入れていきたいと考えています。

ただ、3つだけ気をつけています。実在の会社名や社内の情報を入力しないこと。出てきた内容を鵜呑みにせず、現実にありそうな話かを自分の目で確かめること。そして、自社に似せすぎないことです。似せすぎますと、せっかく取った距離がなくなってしまいます。

以前のブログで、良い問いかけと、考えるきっかけになる型を用意することの大切さを書きました。今回感じたのは、問いかけの質と同じくらい、「何を題材にするか」が効いてくるということです。

次の社内研修や会議で「自社の課題を考えてください」と言う前に、一度立ち止まってみてください。他社の話をひとつ挟むという小さな遠回りが、自社を見る目を変えてくれるかもしれません。

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