伝わる部門方針発表の技術
経営方針発表会での気づき
先日、人事コンサルタントおよび中小企業診断士としてご支援をさせていただいているクライアント企業の、年度初めの経営方針および部門方針発表会に参加させていただきました。こちらの企業様とは、月に1回、様々な組織・人事課題をテーマに定例会議を実施し、課題を再定義したり、課題解決のための施策を検討したりする会議を重ねてきました。そこで地道に話し合ってきた課題や解決策が、具体的な取り組みとして新年度の方針の中に随所に出てきているのを見て、この会社の実行力の高さを改めて窺い知ることができました。
会場にいた従業員約100名も、真剣に社長や各部門長の話しを聴いている様子が非常に印象的でした。しかし、様々な部門長の方針発表を聴く中で、あることに気がつきました。それは、参加者の印象に強く残る方針と、あまり印象に残らない方針が明確に存在したということです。
もう少し表現を変えると、来賓として外部から参加している私であっても、話の内容に感情を動かされた方針と、一方で無機質で分析的、事務的であり、感情が動かなかった方針がありました。この違いの要因はいくつかあると思いますが、最も大きな違いは「誰に伝えるか?」を決めて話しているかどうかであると気が付きました。

話し方の戦略と目的設定
なぜ、このような違いが生まれるのでしょうか。コミュニケーションの体系的なメソッドを示した千葉佳織氏の著書『話し方の戦略』(プレジデント社、2024年)では、話し方は才能ではなく技術であり、要素を分解して習得できるものとされています。同書では伝わる原則として、「話す目的」を明確にすることと、「対象者」を分析することを挙げています。
今回、印象に残らなかった部門長の方は、部門方針発表を「社長に向けた発表」、もしくは漠然とした「全社に対する報告」と考えていたのではないでしょうか。伝える対象者が曖昧なまま、あるいは単なる報告になっていたため、話の内容が私の心に届かなかったのだと考えられます。
多くのビジネスシーンにおいて、目的意識を持たずに話をしてしまうケースは少なくありません。しかし、目的が明確か否かで、話の質や伝わり方には大きな差が生まれます。経営方針発表会という場は、単に数字や計画を共有する場ではなく、組織の方向性を一致させ、従業員のエンゲージメントを高めるための重要な機会です。その目的が薄れてしまうと、せっかくの発表も形骸化してしまいます。

心に届くメッセージの要素
一方で、従業員や私の印象に強く残った部門長の発表は、自らの部下や連携部門のメンバーに対して、自分の言葉で明確に語りかけていたものでした。
その発表には、以下のような具体的なメッセージが秘められていました。「昨年度の業務の中でこのような課題に気づかされ、新年度はこのような覚悟を持ってこの施策に取り組みます。だから、部門メンバーはこう考えて行動してほしい。また、連携部門の皆さん、私たちはこのように動くのでぜひ理解と協力をお願いします」という内容です。
このようなメッセージには、その人がなぜそう考えたのかという背景(ナラティブ)を感じますし、リーダーとしての自覚や覚悟を感じることができます。同書でも、記憶に残る話をするには「コアメッセージ」の設定が不可欠であり、ストーリーと事実(ファクト)を組み合わせて説得力を高める手法が重要であると指摘されています。まさに印象的だった部門長は、自らの体験という事実と、部下に動いてほしいというコアメッセージを組み合わせて話していたのです。

明日からの行動への活用
人前で話をするとき、やはり「話す目的」を明確に持つことが必要であると思います。そして「誰に伝えるのか」という対象者を明確にしないといけないと、今回の発表会を通じて改めて実感いたしました。これは経営方針発表会に限らず、日々の朝礼や会議、部下への業務指示、1on1ミーティングなど、中小企業の経営者や人事担当者の皆様が日常的に行うあらゆるコミュニケーションに通じるものです。
もし、日々の発信が従業員にうまく伝わっていないと感じることがあれば、一度「この話の目的は何か」「今、誰に向けて話しているのか」をシンプルに整理してみてはいかがでしょうか。伝える対象を絞り込み、なぜそれをやるのかという背景やご自身の思いを少し添えるだけで、受け手の受け止め方は大きく変わります。

社内のコミュニケーションを改善し、従業員が同じ方向を向いて動ける組織をつくるために、まずは次回の発言の機会から「目的」と「対象者」を意識して言語化してみてください。小さな意識の変革が、組織の実行力を高める第一歩となります。
