組織の「当たり前」を自社の強みに変える方法
会社の「社風」に隠された本当の意味
みなさんは自社の「社風」や「職場の空気」をどのように捉えていますでしょうか。
「うちはアットホームな社風だから」「少し保守的な空気があるな」など、感覚的に表現されることが多いと思います。人事コンサルタントや中小企業診断士として多くの企業の相談に乗る中で、この「社風」の扱い方に悩む経営者や人事担当者の方にたくさんお会いしてきました。
組織心理学の創始者であるエドガー・シャインは、この社風の正体を「組織文化(カルチャー)」という概念で学問的に定義しています。
彼によると、組織文化とは「かつて正しいと証明されたやり方が、いつしか意識されない『当たり前』へと沈み込んだ状態」を指します。

つまり、社長が創業期から苦労して危機を乗り越えてきた方法や、これまでに会社を存続させてきた従業員の行動パターンが、長い時間をかけて職場の「無意識の前提」になったものなのです。
この組織文化は、目に見えるオフィスの雰囲気(人工物)だけでなく、会社が掲げる理念(標榜される価値観)、そしてメンバーが疑いすらしない本音(基本的な前提認識)という3つのレベルに分かれていると言われています。まずは、自社の社風が決して偶然できたものではなく、会社の歴史そのものであるという事実を認識することが大切です。
なぜ理念と職場の本音にズレが生まれるのか
しかし、ここで一つの問題が起こります。多くの会社で「言っていること」と「やっていること」の間にギャップが生じてしまうのです。
例えば、経営計画書に「失敗を恐れず果敢に挑戦しよう」と掲げている(標榜される価値観)にもかかわらず、実際の現場では「新しい提案をすると、失敗したときに評価が下がるから余計なことはしないでおこう」という本音(基本的な前提認識)が共有されているケースが多々あります。これがいわゆる、理念の形骸化です。

シャインは、組織文化が作られる背景には「外部適応」と「内部統合」という2つの課題があると説明しています。
- 外部適応:市場で生き残り、成果を出すための戦略や目標の共有
- 内部統合:社内の人間関係やルール、誰を仲間として認めるかという規範
理念と現場の本音がズレてしまう原因は、この2つのバランスが崩れていることにあります。社長がいくら外部適応のために「挑戦」を叫んでも、社内の人事評価や人間関係という内部統合の仕組みが「減点主義」のままであれば、従業員は自分の身を守るために保守的な行動を選びます。これは従業員のやる気がないのではなく、組織の仕組みに対してきわめて合理的に判断した結果なのです。
あなたの会社でも、経営理念と現場の行動にこのようなズレは起きていませんでしょうか。

まずは職場の「事実」を書き出してみる
では、この目に見えない「無意識の前提」を、どのようにして良い方向へ導けばよいのでしょうか。堅苦しい組織改革のプロジェクトを立ち上げる必要はありません。まずは自社の現状を客観的に観察し、言語化することから始めます。
等級定義をExcelに書き出すアプローチをご紹介したように、組織文化の診断もまた、地道な書き出し作業から始まります。
ノートやExcelを用意して、以下の「事実」をそのまま書き出してみてください。
- 社内で「おや?」と感じる矛盾した行動
(例:「効率化」を掲げているのに、手書きの報告書が残っている) - 従業員が意思決定をするときに、よく使っている言葉
(例:「前例がないから」「上司が良いと言ったから」) - 実際に評価されている人の共通点
(例:成果を出す人よりも、ミスをしない人が昇進している)

これらはすべて、シャインの言う「人工物」や「標榜される価値観」のヒントになります。話を大げさにせず、職場で実際に起きている出来事だけを素直に箇条書きにしていきます。この作業は、現場の声を日常的に聞いている人事責任者や、信頼できる部門責任者と一緒に共同で行うのが良いでしょう。経営者一人の視点だけではなく、複数の目で見ることで、自社が本当に大切にしている「本音の前提」が少しずつ見えてくるはずです。
対話を通じて新しい当たり前を育てる
書き出した内容を眺めてみると、自社の強みになっている「良い当たり前」と、成長の足を引っ張っている「変えたい当たり前」が明確になってきます。
組織文化を変えるということは、従業員の性格を変えることではありません。これまでのやり方を否定せず、「これからの市場環境(外部適応)を生き抜くために、私たちはどんな新しい行動基準(内部統合)を持つべきか」を、粘り強く話し合っていくプロセスそのものです。

ピーター・センゲが『学習する組織』で述べているように、人は他人から強制されて変わるのには抵抗しますが、自ら気づいたときには主体的に変わることができます。そのためには、経営者や人事担当者が中心となり、社内で「対話の場」を定期的に持つことが有効です。業務の進捗確認だけでなく、「何のためにこの仕事をしているのか」「どんな職場なら働きやすいか」という背景や感情に触れる対話を重ねてみてください。
組織の「当たり前」を再定義する作業は、一朝一夕には進まないとても時間のかかる取り組みです。しかし、等級定義書や役割定義書を作成するのと同じように、自社の価値観を言葉にし、制度と連動させていくことで、採用のミスマッチが減り、人材が定着し、自律的に動く組織へと少しずつ変わっていくことが期待できます。

もし、自社の文化の診断や言語化に迷われたときは、外部の専門家、あるいは商工会議所などの公的支援機関に相談してみるのもスムーズに進めるひとつの手です。まずは小さな気づきをメモに取ることから、明日の一歩を始めてみませんか。
