理論を「眼鏡」にして組織の課題を可視化する

理論と現場を繋ぐ新しい視点の獲得

最近、私の読書スタイルに少し変化が現れました。これまでは実務書を中心に、いわゆる「すぐに役立つノウハウ」を求めて本を手に取ることが多かったのですが、ここ数カ月は、昔読んだ名著を引っ張り出したり、経営学部の学生が使うような体系的な教科書を読み返したりしています。ピーター・ドラッカーや松下幸之助氏の言葉は、30代や40代の頃に読んだ時よりも、今のほうがずっと深く、重みを持って心に響きます。それと同時に、今改めて注目しているのが「組織行動論」や「組織開発」といった、先行研究によって積み上げられてきた学問的な理論です。

なぜ今、あえて理論を学び直しているのか。それは、私たち人事コンサルタントや中小企業診断士が日々直面する「現場の悩み」を解決するためには、経験則だけでは限界があると感じているからです。中小企業の経営現場では、日々さまざまな「現象」や「事象」が起こります。従業員のモチベーション低下、チーム内のコミュニケーション不全、期待していた若手の離職。これらは複雑な因果関係が絡み合っており、一筋縄ではいきません。こうした混沌とした状況を整理し、解決の糸口を見つけるためには、現象を正しく切り取るための「眼鏡」が必要なのです。その眼鏡こそが、先人たちが体系化してきた「理論」であると、最近の私は確信しています。

プロセス・コンサルテーションの重要性

私が現場で大切にしている考え方に、エドガー・シャインが提唱した「プロセス・コンサルテーション」があります。これは、コンサルタントが一方的に答えを教えるのではなく、クライアント自身が自分たちの組織で何が起こっているのかに気づき、自ら課題を解決できるように支援する手法です。経営者が「うちの社員は主体性がない」と嘆いているとき、そこには必ず何らかの背景があります。しかし、コンサルタントだけがその原因を見抜いても意味がありません。経営者や人事担当者自身が、目の前の現象の裏側にある「真の問題」に気づかなければ、組織は変わらないからです。

この「気づき」を促すプロセスにおいて、理論は非常に強力な武器になります。例えば、職場の不満を解消しようとする際、単に「給料を上げれば解決する」と考えるのではなく、ハーズバーグの「二要因理論」を眼鏡として使ってみるのです。給与や職場環境といった「衛生要因」を整えることは不満を減らすことには繋がりますが、それだけで仕事への意欲が高まるわけではありません。満足度を高めるには、仕事そのものの意味や達成感といった「動機づけ要因」へのアプローチが不可欠です。このように、理論というエビデンス(根拠)を用いて説明することで、現象が適度に抽象化され、経営者とコンサルタントの間で「今、取り組むべき課題は何か」という共通認識をスムーズに形成することができるようになります。

現象を切り取る「眼鏡」としての経営理論

現場で起こる問題の多くは、個人の資質の問題として片付けられがちです。「あの社員の性格に問題がある」「最近の若者は根性がない」といった解釈です。しかし、ピーター・M・センゲの「学習する組織」などの理論という眼鏡をかけて現場を観察してみると、全く別の景色が見えてきます。個人の問題に見えていたものが、実は組織全体の「構造」や、お互いの「思い込み(メンタルモデル)」によって引き起こされているケースが多々あるのです。自分のフィルターを通して世界を決めつけてしまうメンタルモデルを意識するだけでも、対話の質は劇的に変わります。

理論を知ることは、単なる知識の蓄積ではありません。それは、身の回りで起こる事象を「どのように切り取り、分析するか」という視点を持つことです。ドラッカーの思想も、最新の組織心理学の知見も、それを現場の現象に当てはめて解釈することで、初めて生きた知恵となります。複雑に絡み合った糸を解きほぐすように、理論というフレームワークを使って事実を一つひとつ整理していく。すると、それまで「どうしようもない」と諦めていた問題に対して、「ここを改善すれば状況が変わるかもしれない」という具体的な仮説が立てられるようになります。クライアントと共に、理論という眼鏡をかけ替えながら、現場の事実をじっくりと観察し、新たな意味付けを行っていく。このプロセスこそが、組織が自ら変わり始める第一歩になるのです。

明日の組織作りを変える「理論」の活用

さて、ここまで読んでくださった皆様にお伝えしたいメッセージは、「理論を難しく捉える必要はない」ということです。教科書に書かれている小難しい言葉を覚えることが目的ではありません。大切なのは、日々の仕事の中で「これって、あの本で書いてあったあの理論に近いのではないか?」と、ほんの少しだけ視点を高く持つことです。目の前の従業員や職場のトラブルを、感情や主観だけで判断するのではなく、一度「理論」という客観的な眼鏡を通して眺めてみてください。

明日からの行動として、まずは自社で起こっている「気になる現象」を一つ、Excelやノートに書き出してみることから始めてみませんか。そして、その現象に対して、本やブログで学んだキーワードを一つ当てはめてみてください。「これは衛生要因の不足かな?」「それともメンタルモデルの食い違いだろうか?」と、概念化してみるのです。言葉にすることで、漠然とした悩みは「解決すべき課題」へと姿を変えます。

私たち人事コンサルタントや中小企業診断士の役割は、その「眼鏡」の選び方や使い方をサポートすることです。一人で悩まず、理論の力を借りて、組織の可能性を一緒に探究していきましょう。現場の事実を素直に見つめ、理論という知恵を味方につければ、必ず道は開けます。経営者の皆様が、明日から新しい視点で従業員の方々と向き合えるよう、私も引き続き知見を深め、共に歩んでいきたいと考えています。