SCP理論やRBVは「完全競争市場成立のための4条件をいかに崩していくか」が根底にあった。そこでは「組織」「組織・市場を構成する個人」への洞察は行われていない。「組織の経済学」は組織が抱える構造的問題の本質、組織・個人がビジネス取引で直面する課題を説明することができる。
ここでは、アドバース・セレクション(逆選択)とエージェンシー理論について記述する。
「完全競争」の条件を理解する
経済学の「完全競争」は次の3つの条件を満たす市場(=産業)の状態
大前提 人や企業は合理的な意思決定を行う
条件1 市場に無数の小さな企業が存在し、どの企業も市場価格に影響を与えることができない。
条件2 その市場に新しく参入する障壁(コスト)がない。また、撤退する障壁もない。
条件3 企業が提供する製品・サービスが、同業他社と同質である。
RBVを理解するためには、4つ目の条件を理解する必要がある。
条件4 製品・サービスをつくるための経営資源(技術・人材など)が他企業にコストなく移動できる。
条件4が満たせないと条件3を満たすことができないと考える。
組織の経済学を理解するためには、5つ目の条件を理解する必要がある。
条件5 ある企業の製品・サービスの完全な情報を、顧客・同業者がもっている。(全ての情報が瞬時に知れ渡る)
条件5を満たせば組織や個人は完全に合理的な意思決定ができる。しかし、現実の世界では条件5が崩れている。
このことで、私は知っているが、あなたは知らないという「情報の非対称性」が起こり、多くのビジネスプレーヤーに不利益を被らせることになる。
アドバース・セレクション(逆選択)
自分しか知らない情報を持つビジネスプレーヤーは、利益を得るために、自分しか知らない情報を隠し、異なる情報を表示するインセンティブが働く。消費者は真実の情報を知らないため、合理的と思って選択したものが、間違った選択になることになる。
アドバース・セレクションの例
- 就職市場:働いてみるまでお互いのことはわからない
- 保険市場:不注意で事故を起こしやすい人が保険に入る
- 融資・投資:融資先の企業の全ては分からない
- 企業買収:買収先企業の全ては分からない
私的情報を持たないプレーヤーの対処法:スクリーニング
顧客が勝手に自ら私的情報に基づいた行動をとってアドバース・セレクションが解消されるメカニズムのこと。
- 保険料が安く補償も小さい保険と保険料が高く補償も大きい保険を顧客に選ばせる
- 商品の値引きはせず、値引きクーポン券を配る
私的情報を持つプレーヤーの対処法:シグナリング
相手に理解されにくい私的情報の代りに「わかりやすく顕在化したシグナル」を外部に発信することで、情報の非対称性を解消するメカニズムのこと。
- 学歴
- コーポレート・ディスクロージャー(情報開示)
- ISO認証
情報の非対称性をチャンスにできる
ライバル企業には、見えていない情報が、自社には見えている場合、ライバル企業に差をつけるチャンスにすることができる。
エージェンシー理論
アドバース・セレクションはビジネス取引前からプレーヤー間に情報の非対称性が発生し、結果として望ましい取引ができなることを説明した。エージェンシー理論はビジネス取引が成立した後に組織に生じる問題を説明するものである。
エージェンシー問題の例
- 管理職と従業員
- 経営者と管理職
- 株主と経営者
経済主体(プリンシパル)が代理人(エージェント)に行ってほしいことと、代理人(エージェント)が実際行うことに違いがある。
エージェンシー問題の根本原因
- プリンシパルとエージェント間の目的の不一致
- プリンシパルとエージェント間の情報の非対称性
株主の目的は企業価値(株価)の最大化であるが、経営者の目的が企業の規模拡大、報酬、名誉であることがある。
エージェンシー問題の対処法
- モニタリング :監視する仕組みをつくり、情報の非対称性の解消(大株主、社外取締役)
- インセンティブ :同じ目的を達成するような組織デザインやルールをつくり、目的の不一致を解消(業績連動型報酬)