助言・提案が響く時と響かない時、何が違うのか?

日々の支援の中で感じる違和感の正体

私は毎月、人事コンサルタントとして、多くの経営者様や人事担当者様とお会いしています。
その中で、様々な人事課題に対するレポートを作成、解説、助言や、新たな提案を行っています。
しかし、仕事を終えて帰路につくとき、ふと考えることがあります。
「今日の提案は、本当にお客様の腹に落ちただろうか?」
相手にしっかりと想いが伝わり、深く納得していただけたと手応えを感じる時があります。一方で、論理的には正しいはずなのに、なぜか相手の反応が鈍く、それほど響いていないと感じる時もあります。
この違いはいったい何なのでしょうか。


以前の私は、その原因を「説明の仕方が悪かった」「タイミングが合わなかった」、あるいは「相手の理解不足」のせいにしていたかもしれません。
しかし、ある時期から、内省(リフレクション)を深める中で、一つの仮説にたどり着きました。
うまくいかない時、それは「私自身の価値観や思い込みが強く出てしまい、それを相手に押し付けてしまっている時」ではないか、ということです。
コンサルタントとして、知識や経験に基づいた「正解らしきもの」を持っているがゆえに、無意識のうちに自分の物差しで相手を測ってしまう。それが、相手との間に見えない壁を作っていたのです。


この気づきを深めるきっかけとなったのが、近年注目されている「成人発達理論」との出会いでした。

ロバート・キーガン氏の成人発達理論とは

皆さんは、ハーバード大学のロバート・キーガン教授が提唱する「成人発達理論」をご存じでしょうか。
子供の体が成長するように、大人の心や意識も成長・発達していくという考え方です。
この理論の面白いところは、人の成長を単なる知識やスキルの習得(水平的成長)だけで捉えるのではなく、物事の捉え方や認識の枠組みそのものが変わる「器の拡大」(垂直的成長)として捉えている点です。
キーガンモデルでは、成人の発達段階を主に以下の段階に分けて説明しています。

  • 発達段階2(道具主義的段階): 自分自身の欲求や関心を満たすことが中心の段階。他者は自分の目的のための道具として認識されがちです。
  • 発達段階3(他者依存段階): 組織や集団のルール、他者の期待に従うことに重きを置く段階。日本企業の組織人の多く(約55%とも言われます)がこの段階に位置しているとされています。「空気を読む」ことに長けていますが、自分の確固たる指針を持つことに課題があります。
  • 発達段階4(自己主導段階): 自分なりの価値観や判断基準を持ち、自律的に行動できる段階。周囲に流されず、自ら道を切り拓くリーダーシップを発揮しますが、逆に自分の価値観に固執しすぎてしまう側面もあります。
  • 発達段階5(自己変容・相互発達段階): 自分の価値観すらも絶対視せず、多様な価値観を受け入れ、統合できる段階。矛盾を受け入れ、他者と共に成長することを喜びとします。

この理論を学んだとき、私はハッとさせられました。
私がクライアントに対して「こうあるべきだ」と強く主張していた時、私は「発達段階4」の罠に陥っていたのではないか、と。
自分の専門性や成功体験に基づいた「自己主導」の価値観は、確かに強力です。しかし、それが相手の現状や価値観と合致しない場合、それは単なる「押し付け」になってしまうのです。

支援者としての器を広げる必要性

コンサルタントという職業は、専門知識(ナレッジ)や分析スキルを提供することが基本機能です。しかし、それだけではクライアントを真に変革へと導くことは難しいと痛感しています。
なぜなら、相手の思考や物ごとの捉え方を広げる方向に促すためには、まず支援者である私自身が、相手の多様な価値観を受け入れられるだけの「器」を持っていなければならないからです。
もし私が「発達段階4」に留まり、「私の理論が正しい」というスタンスで接していれば、クライアントが抱える複雑な文脈や感情の機微を見落としてしまうでしょう。
クライアントの思考を柔軟にし、新たな視点を提供するためには、私自身が自らの思考や捉え方を柔らかなものにし、限りなく「発達段階5」を目指すレベルにならなければならないのではないか。そう考えるようになりました。

Hands of a businessman having a meeting


「発達段階5」の視点とは、自分の価値観を脇に置き、相手の世界観に完全に寄り添いながら、共に新しい意味を見つけ出していく姿勢です。
これは決して、相手に迎合するという意味ではありません。自分の専門性を持ちつつも、それに縛られず、目の前の現象や相手の言葉を、ありのままの事実として受け止める「素直な心」を持つということです。
視座の高さや視点の多様さは、知識の量ではなく、人間としての発達度合いが大きく影響しています。
私が尊敬する優れた経営者やコンサルタントの方々は、一様にこの「器」が大きく、決して相手を否定せず、それでいて本質を突く問いを投げかけてくれます。彼らは、自然と発達段階5の領域に足を踏み入れているのかもしれません。

明日からの行動を変える内省と素直な心

では、私たち(コンサルタントであれ、経営者であれ、リーダーであれ)は、どのようにして心の成長を促せばよいのでしょうか。
特効薬はありませんが、私が意識して取り組んでいることが2つあります。
1つは、「内省する時間(リフレクション)」を持つことです。
うまくいかなかった時、相手を責めるのではなく、「自分のどのような思い込みが、この状況を作ったのか?」「自分は今、何に固執しているのか?」と、自分自身を客観的に見つめ直す時間を確保することです。
これは、自分自身を「客体化」するプロセスであり、発達を促すエンジンとなります。


もう1つは、「素直な心」でいることです。
自分とは異なる意見や、耳の痛いフィードバックに対して、まずは防御反応を示さずに「なるほど、そういう見方もあるのか」と受け入れてみること。
多様な価値観を自分の中に取り入れることは、一時的に混乱を招くかもしれませんが、その葛藤こそが、次の発達段階へと進むための筋肉痛のようなものだと私は考えています。
専門知識やスキルを磨くことはもちろん重要です。
しかし、それを使う「人」そのものの器が大きくならなければ、その道具は十分に機能しません。


今日お伝えした成人発達理論は、他者を評価するためのツールではありません。自分自身の現在地を知り、これからの成長の方向性を探るための羅針盤です。
最後に、読者の皆様に問いかけを一つさせてください。
あなたは今、自分の価値観や成功体験に縛られすぎてはいませんか?
もし、明日部下や取引先と話すとき、一度自分の正義を脇に置いて、相手の景色をそのまま受け取ってみると、どんな新しい発見があるでしょうか。
そんな小さな「素直さ」の積み重ねが、私たちの器を広げ、組織をより良い方向へ導く第一歩になると、私は信じています。