「問いかけ」と「思考のヒント」が引き出すもの
創業相談で出会った、もの静かな挑戦者
先日、ある公的支援機関で創業相談を担当させていただく機会がありました。ご相談に来られたのは30代の方で、ご夫婦で特定の専門機器を提案販売する事業を始めたいとのことでした。ご主人はもともと会社員としてその機器を取り扱っており、商品知識や仕入れ先とのネットワークは既にお持ちです。株式会社として法人登記も行い、そのための定款作成や各種届出も、すべてご自身で進めるという堅実な計画をお持ちでした。

私が最初にその方とお会いした時の印象は、「とてももの静かで、落ち着いた方」というものでした。口数も少なく、私がこれまで何度も目の当たりにしてきた、創業期特有の熱気や前のめりな姿勢といったものは、正直あまり感じられませんでした。心の中で「この方、本当に事業を立ち上げる強い意志があるのだろうか。大丈夫かな?」と、少しばかり懸念を抱いたことを白状します。私たちは無意識のうちに、「創業者とは情熱的で、自分の事業について熱く語るものだ」という一種の先入観を持っているのかもしれません。
しかし、4回にわたる相談支援を終えた今、その第一印象が私の勝手な思い込みであったこと、そして支援する側として大切な気づきを得られたことを、このブログを通してお伝えしたいと思います。

対話の中で、輪郭を現す事業の核
私が創業のご相談を受ける際、いつも同じアプローチで支援を進めることにしています。それは、単に手続きや資金計画の話をするだけでなく、その方の事業の根幹にあるものを、ご自身の言葉で語ってもらうためのプロセスです。
具体的には、以下の5つのステップで対話を進めます。
- 背景のヒアリング: なぜ、その事業を起こそうと考えたのか。きっかけや背景にある想いをじっくりと聴かせていただきます。
- ニーズの確認: 今、一番何を知りたいか、何に困っているかを確認し、その疑問に的確に答えます。
- 固定費の把握: 事業を継続するために、毎月必ず発生する固定費(家賃、人件費、リース料など)をどれだけ正確に把握しているかを確認します。
- 売上見通しの確認: 算出した固定費を賄い、利益を生み出すために、どれくらいの粗利が必要で、それをどのように稼ぐかの見通しを一緒に考えます。
- 顧客開拓の具体策: 必要な粗利を稼ぐために、誰を顧客とし、どのような仕組みや営業ツール(ウェブサイト、パンフレットなど)でアプローチするのかを具体化していきます。

今回の相談者の方も、このステップに沿って対話を進めました。最初は、私の問いに対して、うまく言葉が出てこなかったり、少し考え込んだりする場面もありました。特に、事業の強みや顧客への提供価値について尋ねると、ご自身の考えがまだ浅かったことに気づかれたご様子でした。しかし、彼は決して諦めず、一つひとつの問いに対して、言葉を探しながらも、最後まで誠実に説明しようと努力してくれました。
4回の面談を通じて、最初はぼんやりとしていた事業の輪郭が、少しずつはっきりしていくのが分かりました。特に、競合となる他社と自社のサービスを比較し、顧客が本当に求めているものは何かを掘り下げていく中で、彼の表情が少しずつ明るくなり、言葉にも力がこもっていくのを感じ取ることができました。
最後の言葉に隠された、支援の本質
そして、最終回となる4回目の面談が終わる頃、彼が私にこうおっしゃいました。
「自分一人だけの考えは、やはり浅かったような気がします。投げかけられた問いに対して、自分の言葉で伝えようと努力することで、競合他社との違いや、自分が顧客に本当に伝えたいことが、ようやくはっきりしてきました。」
この言葉を聞いたとき、私は自身の先入観を深く反省しました。「熱量」とは、必ずしも声の大きさや身振り手振りで測れるものではないのです。彼の内側には、静かでありながらも確かな情熱の炎が燃えており、それは「対話」というプロセスを通じて、ご自身の事業が持つべき価値や理念へと昇華されていったのだと感じました。
この経験から、私が専門家として提供すべき価値は、単なる知識や情報だけではないと改めて痛感しました。それは、クライアント自身が深く考え、自分の内なる答えにたどり着くための「良い問いかけ」を準備することです。

さらに、今回のケースではもう一つ大きな発見がありました。それは、思考の出発点となるような具体的な選択肢や、整理するための型(かた)を提示することの有効性です。例えば、顧客に提供する価値を考える際、「このような切り口で強みを整理してみてはどうでしょう?」と、簡単なフレームワークや事例をお見せしました。すると、彼はそれを思考の足がかりとして、自身の考えを整理し、より具体的な言葉を紡ぎ出すことができたのです。「良い問いかけ」が思考のきっかけを作るとすれば、こうした具体的なサンプルは、その思考を整理し、加速させるための道しるべとなるのです。

彼の事業で大切にしたいことが言語化できたことで、それはすぐにウェブサイトや提案資料といった具体的な営業ツールのコンセプトに結びついていきました。想いが言葉になり、言葉が具体的な形になる。このプロセスを伴走できたことは、コンサルタントとして大きな喜びでした。
「問いかけ」と「思考を促すヒント」で、人の可能性を引き出す
今回の創業相談は、私にとって、支援する側の姿勢を改めて見直す貴重な機会となりました。私たちはつい、目に見える熱意や雄弁さに目を奪われがちですが、静かな情熱を胸に秘め、じっくりと自分の道筋を確かめながら歩む人もいます。
中小企業の経営者や人事担当者の皆様が、社員や部下と向き合う場面でも、同じことが言えるのではないでしょうか。物静かな部下や、なかなか自分の意見を言わない社員に対して、「やる気がないのだろうか」と判断してしまう前に、一度立ち止まってみてください。

彼らの内なる考えや可能性を引き出すために、私たちは「良い問いかけ」を準備できているでしょうか。そして、彼らが考えを整理し、行動に移しやすくするための、具体的な選択肢や考えるためのヒントを提示してあげられているでしょうか。1on1ミーティングの場で、ただ話を聞くだけでなく、キャリアプランを考えるための簡単なシートを一緒に埋めてみる。新しいプロジェクトのアイデア出しで、参考になる他社の事例をいくつか見せてみる。そうした少しの工夫が、相手の思考を深め、主体的な行動を促すきっかけになるはずです。
コンサルタントとクライアントの関係も、上司と部下の関係も、本質は「対話」にあります。そしてその対話の質を高めるのは、相手を信じて待つ姿勢と、思考を助けるための少しの準備なのだと、もの静かな創業者の方が教えてくれました。